はじめての方へ
会社の売却相場の考え方:何倍で売れるのか、どこで決まるのか
会社の値段の決まり方を、国の統計と算定方法で説明します。年買法・純資産+営業権・倍率・DCFの考え方と、値段が上がる・下がる要因まで。
確認 2026-10-04
目次(11項目)
結論:相場は「幅」で見る。最後は交渉で決まる
会社の値段に、決まった定価はありません。いくつかの計算方法で目安を出し、買い手との交渉で決まります。
中小企業庁の「中小M&Aガイドライン」も、計算した金額がそのまま値段になるとは限らないと書いています。当事者が最後に合意した金額が、売る値段になります(中小M&Aガイドライン第3版)。
国の統計の真ん中の値は「目安の目安」です。同じ業種でも、会社の中身で値段は何倍も違います。
国の統計で見る「何倍で売れたか」
中小企業庁の集計(2024年度)
中小企業庁は、M&A支援機関登録制度に集まった実績を公表しています。対象は、登録した仲介会社やFAが関わった中小企業の株式譲渡です(中小M&Aに関する集計結果)。
| 物差し | 中身 | 件数 | 中央値 | 真ん中50%の範囲 |
|---|---|---|---|---|
| EV/EBITDA | 会社全体の値段が、もうけの何年分か | 1,987件 | 7.3倍 | 3.6〜15.5倍 |
| PBR | 株の値段が、純資産の何倍か | 2,830件 | 1.3倍 | 0.7〜2.5倍 |
| PER | 株の値段が、税引後の利益の何年分か | 2,191件 | 11.7倍 | 5.8〜23.1倍 |
中央値は、小さい順に並べてちょうど真ん中の値です。「真ん中50%の範囲」は、上の4分の1と下の4分の1を除いた範囲です。
業種で差がある
同じ集計で、業種による差も出ています。たとえば情報サービス業のEV/EBITDAは、中央値9.7倍でした(100件、真ん中50%は4.9〜17.7倍)。
中小企業庁は、PBRの中央値はおおむね1倍台だとしています。そのうえで、情報通信業のように2倍を超える業種もあると書いています。
この数字を読むときの注意
集計には次の限りがあります。数字だけを自社に当てはめないでください。
- 登録した仲介会社・FAが関わった案件だけを数えている
- 財務の数字の報告は、補助金を使った案件以外は任意
- 純資産は、帳簿の値と今の値段に直した値が混ざっている
- 2024年度の株式譲渡で、売り手側から報告があった分
値段の出し方は大きく3つ
3つの考え方
ガイドラインの参考資料は、値段の出し方を3つに分けています。日本公認会計士協会の資料をもとにした分類です。
| 考え方 | 何を見るか | 主な方法 |
|---|---|---|
| コスト(純資産) | 会社が持つ財産から借金を引いた残り | 簿価純資産法、時価純資産法 |
| マーケット(比べる) | 似た会社の株価や、似た取引の値段 | 類似会社比較法(マルチプル法) |
| インカム(将来) | これから入るお金やもうけ | DCF法、収益還元法 |
ガイドラインによると、中小M&Aでは純資産の方法と、似た会社と比べる方法がよく使われます。中小M&Aでは時価純資産法で算定される例が多い、という記述もあります。
それぞれの得意・不得意
参考資料の表を、言葉に直しました。どの方法にも、弱いところがあります。
| 考え方 | 得意なこと | 弱いこと |
|---|---|---|
| コスト | 誰が計算しても数字がぶれにくい | 将来のもうける力が入りにくい |
| マーケット | 世の中の取引の相場を映せる | 会社ならではの強みが入りにくい |
| インカム | 将来のもうける力や、会社の強みを映せる | 前提の置き方で数字が大きく動く |
そのため、複数の方法で計算して見比べることもあります。仲介会社やFAの説明でも、どの方法を使ったかを聞いてください。
年買法:純資産に「もうけの数年分」を足す
考え方
中小企業でよく聞くのが「年買法」です。会社の純資産に、もうけの数年分を足して値段を出します。
ガイドラインは「年買法」という名前は使っていません。ただ、純資産で出した金額に「数年分の任意の利益」を足す場合がある、と書いています。足す利益は、税引後利益や経常利益などです。
何年分を足すか
M&A支援機関登録制度のサイトは、足す年数は「通常1年〜3年」としています。年数は案件ごとに違い、交渉で決まることが多いそうです。
| 手順 | やること |
|---|---|
| 1. 純資産を出す | 資産から負債を引く。土地などは今の値段に直すこともある |
| 2. もうけを決める | 税引後利益や経常利益など、何を使うかを決める |
| 3. 年数を掛ける | 1〜3年分が多い。交渉で決まる |
| 4. 足す | 純資産+もうけ×年数が、目安の値段 |
計算の例(架空の会社)
純資産が5,000万円、税引後利益が年1,000万円の会社を考えます。2年分を足すなら、5,000万円+2,000万円で7,000万円です。
3年分なら8,000万円、1年分なら6,000万円になります。年数の違いだけで、2,000万円の差が出ます。
足す部分が「営業権」
純資産に上乗せした部分を、営業権やのれんと呼ぶことがあります。会社の信用、取引先、社員の腕など、帳簿に載らない値打ちの分です。
ガイドラインは、事業譲渡でのれんが生じた場合、買い手の税金の計算で費用にできると書いています。買い手にとっての意味も、値段の交渉に関わります。
倍率法:もうけの何倍か(EV/EBITDA)
計算のしかた
登録制度のサイトによると、中小M&Aでは「EV/EBITDA倍率法」が多く使われます。EBITDAは、簡単には「営業利益+減価償却費」で出します。
| 言葉 | 意味 |
|---|---|
| EBITDA | 本業で生み出すお金の目安。営業利益+減価償却費 |
| EV | 会社全体の値段。株の値段+借金−現預金 |
| 純有利子負債 | 借入金などから現預金を引いた額 |
株の値段は、次の式で出します。EBITDA×倍率−純有利子負債です。
計算の例(架空の会社)
営業利益が2,000万円、減価償却費が500万円の会社を考えます。EBITDAは2,500万円です。
倍率を7倍とすると、会社全体の値段は1億7,500万円です。借入金が5,000万円、現預金が3,000万円なら、株の値段は1億5,500万円になります。
小さい会社は割り引かれることがある
登録制度のサイトは、中小企業の株は上場会社より売り買いしにくい点に触れています。そのため、30%程度割り引くケースもあるとしています。
DCF法:将来のお金を今の値打ちに直す
DCF法は、会社がこれから生むお金を見積もり、今の値打ちに直して足し合わせる方法です。将来の1億円は、今の1億円より値打ちが低いと考えます。
将来のもうける力を映せる一方で、計画の数字や割引の率で結果が大きく動きます。前の章の表で「前提の置き方で数字が大きく動く」としたのは、このためです。
| 決めること | 中身 | 動くと |
|---|---|---|
| 事業計画 | 数年先までの売上・利益・投資 | 強気の計画ほど値段が上がる |
| 割引率 | 将来のお金を今に直すときの率 | 率が高いほど値段が下がる |
例:上場企業が買ったIT企業は、売上の何倍だったか
当サイトの集計
当サイトは、上場企業が公表したIT企業の買収を集めています。2022年1月〜2026年10月の適時開示から、179件を拾いました(IT企業の売却事例)。
そのうち、取得額と売上の両方が分かる101件で、売上の何倍かを計算しました。株の取得額を100%分に直し、売上で割った値です。
| 業態 | 件数 | 売上倍率の中央値 | 真ん中50%の範囲 |
|---|---|---|---|
| 全体 | 101件 | 0.88倍 | 0.46〜1.63倍 |
| 受託開発 | 41件 | 0.88倍 | 0.43〜1.51倍 |
| SES | 22件 | 0.52倍 | 0.43〜0.89倍 |
| SaaS(自社製品) | 13件 | 2.49倍 | 1.50〜3.87倍 |
営業利益が黒字の77件では、営業利益の何倍かの中央値は13.6倍でした。真ん中50%は8.7〜28.9倍です。
この例の限り
この数字は、自社の値段の目安ではありません。次の限りがあるためです。
- 上場企業が買い手で、公表された案件だけ
- 取得額が非公表の73件(全体の41%)は入っていない
- 借金や現預金、後払いの代金は調整していない
- 当サイトの計算で、公的な統計ではない
それでも、業態で値段の付き方が違うことは読み取れます。人が働いて売上を出す会社より、自社製品で続けて売上が入る会社が高めでした。
値段が上がる要因・下がる要因
上がる要因
ガイドラインは、買い手が評価するのは決算書の数字だけではないと書いています。
| 分類 | 例 |
|---|---|
| 技術 | 高い技術力、特許、ノウハウ |
| 顧客 | 優良な取引先、店舗網、業界内のシェア |
| 人材 | 腕のある社員 |
| 許認可・信用 | 事業に必要な許認可、知名度、業歴 |
| 将来性 | 事業の分野が伸びる見込み |
買い手が自分の方針を公表している例もあります。上場IT企業のSHIFTは、判断の基準に「顧客母集団を活用できるか」などを挙げています(SHIFT 中期戦略)。
下がる要因
ガイドラインは、売る前に整えておくべき点を挙げています。整っていないと、交渉が止まったり、値段に響いたりするおそれがあります。
| 下がる要因 | 中身 |
|---|---|
| 株が散らばっている | 名義だけの株や、居場所の分からない株主がいる |
| 会社と社長のお金が混ざっている | 事業に使う財産が、社長個人の名義になっている |
| 帳簿に載らない借金 | 未払いの残業代などが、後から見つかる |
| 調査で問題が見つかる | 買い手の調査(DD)の結果で、値段や条件が見直される |
| 特定の取引先に頼っている | 取引先が離れると売上が大きく減る |
最後の点は、IT業界の調査の例があります。公正取引委員会の調査では、最終下請の44.6%が下請取引への依存度90%以上でした(公正取引委員会)。
買い手にも「上限」がある
買い手は、払える値段の上限を決めていることがあります。SHIFTは、購入価格の目安を「EBITDA10倍以下」と公表しています。
高い値段を言われたときこそ、根拠を聞いてください。ガイドラインは、仲介会社などが過大な値段を示して営業することを禁じています。
自分で目安を出す道具
M&A支援機関登録制度のサイトには「株式価値の簡易計算」があります。2026年4月に公開された、国の制度の道具です(株式価値の簡易計算)。
| 項目 | 中身 |
|---|---|
| 入れるもの | 現預金、借入金、純資産、営業利益、減価償却費、税引後利益 |
| 使う倍率 | 業種ごとの、中小M&Aの実績から出した倍率 |
| 使える会社 | 黒字の会社の株式譲渡だけ |
| 注意 | 小さい会社の割引(30%程度)は入っていない |
出た金額は、相談の前の目安です。手数料の目安は手数料の計算で、相談先の種類は相談先診断で確かめられます。
次に読む
- 売るときの流れと期間:会社を売るときの流れと期間
- 手元に残るお金:会社を売ったら税金はいくらかかる?
- 赤字の会社の場合:赤字・債務超過でも会社は売れるか
- 業種ごとの相場:IT企業、保育園、調剤薬局、歯科医院
相談について
当サイトは、売却の申込みを受け付けていません。値段の考え方で迷ったら、LINEで聞いてください。
担当者が読んで返信します。社名を書く必要はなく、売り込みもしません。
LINEで相談先を聞くどこに相談すればいいか、手数料はいくらか。社名を出さずにLINEで聞けます。
LINEで相談先を聞く答えるのは「事業承継リサーチ 相談窓口」(運営:株式会社楽笑)。会社名なしで相談できます。相談でできること・回答例
担当者が内容を読んで返信します。売り込みや営業電話はしません。相談内容を相談先に伝えるのは、ご本人が希望し、伝える先と内容に同意した場合だけです。情報の取扱い